冬場はあまり野良の仕事もありませんから、年寄りは着ぶくれて家にこもるか、暇つぶしに
話し相手を求めてどこかの家に上り込みたがります。
…限られた情報が、ぐるぐるとまわって増幅されて、膨れ上がり。
そうしたところで養われた会話術というのは・・・例えば、私のお姑様の話し方というのは、
・・・はっきりしたところがまったくなく、撫でさするような気持ちの悪いものです。
是認するでもない否認するでもない、でもくだくだとわけのわからん解釈をひっつけて
広げていきます。 アメリカ人の発言を翻訳する場合、大抵敬語も無く上から目線のムカツク語感になってしまうのは何故でしょうか?実際アメリカ人でも丁寧に話す人もいれば、上品に話す人も居ます。ダコタ・ファニングもどちらかと言えば上品なアメリカ英語を話す人なので、この翻訳はいただけないですねぇ。
英語の場合は「敬語が無い=無礼な話し方」とは断じて言えないだけに、こう言う偏見を助長する翻訳は止めて欲しいと思います。
正直なところ大阪に来たころゎ、完全なアウェーだった。
大阪の上役が、工場時代、現状を見ずに無茶ばかり言ってた人間ばかりだったから。
当方が一時期取締役に『こてつゎクビしろ』と真っ赤な顔をして言っていたのはこの大阪の上役達の当方の評価を聞ぃたからだ。。
人に好かれる会話術その上役達が大阪から居なくなり、少しゎ気楽になったのもあるが、噛みつく前に、意見の違ぅ人達と顔を合わせてじっくりと話をできるよぉになったから爆発する必要がなくなったのが大きぃ。
電話ゃメールでゎ、お互いに一方的な話になるから。。
また、もともと「Yes、But」の話し方を心がけていたから、時間をかけて話をすると、当方の考えを誤解なく伝えられるのが大きい。。
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